(はてなブログ2016-08-07upのブログです)



第一回目の抗がん剤も無事に終え、2015年2月初旬に退院のはこびとなりました。



日曜日、病院からタクシーで自宅に帰る。

お腹の傷はまぁまぁ癒えたものの、直後の抗がん剤で足がヘロヘロなのだ。



1ヶ月ぶりの姉の家。

まだ我が家とは思えない。

猫のミミちゃんとも久々のご対面。

やっぱ可愛いのー、ミミちゃん!



吐き気はないが食欲がなく、ヒデに何食べたいか聞かれたが、蕎麦くらいしか食べられなーいとお返事。


退院祝いはお蕎麦。



そしてすぐ横になる。

お布団が用意されていた。

ありがたやー。


気の済むまでゴロゴロしよっと。





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術後2週間程経過したところで抗がん剤の説明があり、治療できるかどうかの血液検査をした。


第一回目は肝臓の値が悪いとのことで、「最初から失敗してもなんだから」とDr.Kに言われ、、(〝失敗〝ってなんだ?、、)数日遅らせることに。


あ、そうそう、私の子宮体癌の術式は開腹手術で子宮及び卵巣全摘出、並びに大網と腹部と鼠蹊部のリンパ節切除、でした。


ガンのステージはIb、、Iaだったら抗がん剤治療なしで済んだのに、ザンネン。


そして数日後、肝臓の値も良くなったのでいよいよ抗がん剤治療開始です。

パキリタクセルとカルボプラチン。

吐き気止めをしっかり処方され備えます。

ドラマでよく見るオェーやクラクラがくるのでしょうか、、?



点滴のルートはDr.が取り、点滴は看護師がセットします。

アイガードとディスポーザブルの割烹着、ゴム手をはめて万全の体制で点滴。


薬がそーとー強いのねー。


そんなのを私の血管から注入するのねー。


アルコールに薬を溶かしてあるので、点滴漏れしたら組織が溶けるんじゃと、、なんと恐ろしや〜。



アルコールに弱い人は身体が真っ赤になるそうですが、お酒好きの私は大丈夫でした



まず吐き気止めの点滴をした後、パキリタクセルとカルボプラチンを半日かけて注入。

その後、生理食塩水で流すという治療です。

毎日、体重と尿量を測り、尿量が少ない場合は利尿剤を点滴。



あまり利尿剤は使わなかったけど、とにかく体重計に乗る度に体重が増えていく。。


そしてガンと思えぬ中年太り姿に、、、

なんでじゃー!!!


手術前のOL時代は162cmの48kg。スレンダーな身体だったのに。

この入院時は53kg前後をうろうろ。



まだ髪はふさふさ。ロングでした。


いつから抜け始めるんだろう。うぅっ😂



抗がん剤後も吐き気は全くなし。

すごいぞ今時の吐き気止め!!



私の場合、副作用はスネにきました。

スネの骨が痛い。

自然、歩くのが嫌になり足がヨレヨレに。

初回は飲み薬の痛み止めをもらったが効果なし。痛みがきたらさすってまぎらす程度の処置。




暇な時は本を読んだ。

ヒデに借りた本を読み終わったら、一階のローソンで単行本も買って読んだ。



TVは千円で10時間視聴可能なカードを買う。

ご飯の時のニュースと夜のドラマをよく見た。

個室じゃないからイヤホンでね。



私の場合、抗がん剤治療は6日間入院して点滴し、3週間空けてまた一週間治療するスケジュール。


順調にいけばGWに全6回が終了するはずだ。

一回目から、「これで1/6終了。次で1/3が終了だ!」と自分を励ましていた。




長〜い抗がん剤治療と

その副作用との闘いの始まり。







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私の人生においての手術回顧録です。

今回の子宮体癌の手術を含め、人生で3度開腹手術を経験しました。

一度目は、子宮内膜症。
37歳位(〝くらい〝って、、覚えてないのかw)の時、左右どちらか(それもハッキリ覚えてないのかっ!)の卵巣に大きな嚢胞ができ、癒着が激しく卵巣と嚢胞共々切除しました。

開腹手術です。

おへその下から恥骨まで、ガッツリ切られました。
嚢胞が赤ちゃんの頭位の大きさだったもんで、、。

この時の麻酔は下半身麻酔。

お腹のあたりにカーテンがありましたが、意識はハッキリしたまま、手術器具のガチャガチャする音やDr.達の会話も聞こえる中での手術でした。


手術前日には高圧浣腸を三度もされ、ヘロヘロでした。
私はどうも浣腸は苦手で、液が腸に入ったとたん、スーッと血圧が下がり気分がドン底になるのです。
そして直後、もぅムリーってくらいの便意が訪れ、数メートル先のトイレまで間に合わずに一度はダダ漏れしてしまいました

その医大では、手術前におへその掃除と下の毛の剃毛もしました。

おへその中って掃除した事無かったんで、30数年間のヨゴレがボコっと出てきてビックリ⁉️
新人ナースさんもギョッとしてたなー

剃毛も、T字じゃない昔ながらのカミソリでショリショリされて、しかも剃毛は新人ナースさんのお仕事のようで、刃をおっかなびっくり当てるもんだから、シュバッと切って流血しないかすごく不安でした。


今回のガン手術では、浣腸も剃毛もしなかったなー。よかった
医術の進歩ですねぇ。


さて、術中に戻りますが、、
患部が下腹部だと下半身麻酔が主流なんだろうとその当時は思っていて、それに人生初の手術だったし、何か不調感じても黙って受けていたわけです。

術中、白昼夢、しかも悪夢の百連発を見ました。
超高速での悪夢です。頭が変になりました。

その後、頭から血の気が引くように急に気分が悪くなり、耐えきれず近くにいた麻酔科の先生に「、あの、、気分が、、悪いんです、、」と恐る恐る言うと、
「あっ、わかりました!!」
と、何やら薬剤を注入してくれました。

そうしたら、なんとゆーことでしょー、それまでドン底だった気分が一気に平常に戻ったんです。

多分、血圧調整でしょうね。

あの気の遠くなる我慢の時間はいったいなんだったんだろー。
もっと早く訴えればよかったのに。。

変にガマン強い自分にあきれました。

Dr.かナースも術前に教えてくれればよかったのに。


それが1回目の手術。
ちゃんと学習させていただきました


二度目は53歳。
虫垂炎の緊急手術でした。

職場の同僚達は、
「えっ?盲腸って50才過ぎてもなるのー?!?!」
って、半ばバカにしてましたけど、なったもんはどーしょーもないでしょー


虫垂炎は、大腸の炎症が広すぎて薬と絶食治療を二度行い、3度目の腹痛で病院に駆け込んだら、大腸の炎症も程々なのでこの後すぐ手術しましょう、って告げられました。

「えっっ?これから?  すぐ?!!」

急ぎ、姉と職場の同僚と上司とミミちゃんのお世話してくれそうな友達にメールしてたら、、もう手術室への誘い。

アレコレ考える隙もなく、術着に着替えさせられ、持ち物を看護士さんに預け、手術室へ。

緊急だったので下剤もせず、浣腸もせず、お臍も下の毛もそのまんま。

手術台に寝てから、「、なぁんだ、まんまでいーんじゃん」と思ったw

麻酔は全身麻酔。

麻酔科Dr.「お薬入りますよー」「はい、数字を数えて下さ〜い」

くぅ「1 . 2 .3 ...

麻酔科Dr.「ハイ、落ちたー。」
(←想像。医療系TVドラマ見過ぎ)


次の瞬間、
看護士さん「くぅさーん、くぅさーん、わかりますかぁ?手術終わりましたよー」

「えっっ?!もうオワタのかぁー」、、
はやい。そして楽ちん。

ゼンマ大賛辞!

子宮内膜症も全麻でやればよかったーー。
、、って後の祭り。


虫垂炎の術式は腹腔鏡で済みました。
お臍の穴切ってカメラ入れて、後二ヶ所下腹部に3cm程のキズがあるだけです。

そしてこの度の子宮体癌手術。
もちろんゼンマです。
慈恵医大は浣腸はせず下剤を飲むだけ。
お臍のゴマも取らず、下の毛もそのまんま。


下剤はたっっぷり飲まされましたが、浣腸に比べりゃなんのその。
何ℓでも飲みまっせ、的なワタシです。


ただ、今回は術後が苦しかったなー。
そのくだりは「ガンいよいよ手術!の編」に綴りました。

お腹ばっかり3回も開けている。
ので、下腹部の臓器の癒着は相当なもんだろうと思います。
でも、排尿困難やイレウスにはなっていない。
リンパ郭清したが、浮腫にもなっていない。
そーゆー意味では、「ありがとう、ワタシの身体ちゃん」だ。


でも、NK細胞ちゃんがガン細胞くんを喰い殺して欲しかったーーー。欲しかったーーー。



と、つくづく思うのであります。







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